彼のアンチが誕生した原点を辿ると、2005年の衆議院議員総選挙に突き当たる。自由民主党の比例代表候補としてまさかの初当選を果たした直後、記者会見で飛び出した「真っ先に料亭に行ってみたい」「国会議員はJRも乗り放題」といった無邪気すぎる発言だ。国民の代表としての重みに欠けると猛批判を浴び、一気に知名度とバッシングを獲得した。
当時、政治界に突如現れた20代の元衆議院議員は、永田町の常識を根底から揺るがした。しかし、あの「失言騒動」こそが、怪我の功名として彼のその後のタレント生命を切り拓く強烈なフックとなったのも事実である。