唐獅子図屏風が国宝に選ばれた真相|狩野永徳の迫力と右隻左隻の秘密の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。
現在、東京・皇居東御苑内の三の丸尚蔵館に所蔵されている『唐獅子図屏風』は、六曲一双(左右2枚の屏風で1組)の形式をとっています。しかし、向かって右側の「右隻」と左側の「左隻」では、描かれた時代も筆者も異なります。
右隻は桃山時代の巨匠・狩野永徳の手によるものですが、左隻は永徳の高弟であり、後に京狩野の祖となった狩野山楽(1559–1635)が描いたと伝えられています。3代将軍・徳川家光の時代、永徳の右隻に見合う左隻を山楽に補作させ、一双の屏風として完成させたという記録が残されています。
比較項目右隻(狩野永徳 筆)左隻(伝 狩野山楽 筆)美術史的評価・鑑賞ポイント制作年代安土桃山時代(16世紀後半)江戸時代初期(17世紀前半)約数十年の時間差があり、桃山と江戸の美意識の推移が如実に現れる。描かれた主題堂々と闊歩する2頭の親獅子滝を背景に戯れる親子獅子(3頭)右隻の圧倒的威厳に対し、左隻は物語性と情愛の情緒が加わる。筆致・描線極太の輪郭線、豪放磊落な筆の勢い整った描線、緻密で装飾的な筆致永徳の野性味あふれるエネルギーを、山楽が理知的に継承・整理している。空間構成巨石と獅子が画面の大部分を占拠水流・滝・崖が立体的に配置される平面的な迫力を前面に出す右隻と、奥行きと空間の広がりを意識した左隻。
左右を並べて鑑賞すると、永徳の右隻が放つ「むき出しの生命力」と、山楽の左隻に見られる「計算された構成美」の対比が鮮明に浮かび上がります。師弟による世代を超えた競演こそが、この一双屏風の鑑賞における最大の醍醐味です。