極悪同盟の誕生を語る上で欠かせないのが、創始者であるダンプ松本(本名・松本香)が抱えていた過酷な生い立ちと、当時の全日本女子プロレス(全女)における熾烈なサバイバル競争です。
1980年代初頭の全日本女子プロレスは、厳しいオーディションを突破した数百人に数人しか生き残れない体育会系の徒弟組織でした。松本香は入門当初、受け身すら満足に取れない「落ちこぼれ」と見なされ、何度も合宿所からの脱走を繰り返すほど追い詰められていました。当時の同期には、後に国民的スターとなるライオネス飛鳥や長与千種、盟友となるクレーン・ユウ(本名・本庄ゆかり)が名を連ねていました。
当時の全女には「25歳定年制」という非情な不文律が存在し、結果を出せないレスラーは即座に淘汰されるシステムが敷かれていました。松本香がヒール転向を決意した決定打は、実家の困窮と「母親に一軒家を買ってあげたい」という強い執念でした。父親との家庭環境に苦しんだ彼女にとって、プロレスで稼ぐことは人生の唯一の退路だったのです。
1983年、先輩レスラーであるデビル雅美が率いていた「デビル軍団」内で頭角を現した松本香は、リングネームを「ダンプ松本」へ改名。凶器攻撃を躊躇なく繰り出すスタイルへと舵を切りました。しかし、既存の枠に収まることを良しとしないダンプは、1984年にデビル軍団を脱退。より過激で統率された凶悪軍団として立ち上げた組織こそが極悪同盟でした。極悪同盟の結成理由は単なる悪役への憧れではなく、底辺から這い上がり業界の頂点を奪取するための「生存戦略」そのものだったのです。