漢字の「山」という字は、小学校1年生で習う極めて初歩的な文字ですが、その成り立ちは約3300年前の中国・殷(商)王朝時代にまで遡ります。当時の祭祀や占卜に用いられた「甲骨文字」や、青銅器に鋳込まれた「金文」を観察すると、この文字が典型的な象形文字であることが一目で分かります。
甲骨文字における「山」は、尖った峰が三つ並んだ形状をそのまま線描した姿をしています。ここで特筆すべきは、なぜ峰が「三つ」だったのかという点です。古代の中国文字学において「三」という数字は単なる数量ではなく、「多数」や「連なり」を象徴する極めて重要な概念でした。つまり、独立峰を単体でスケッチしたのではなく、連峰(幾重にも重なる山並み)の威容をミニマルな造形へと抽象化した結果が、この字形だったのです。
後漢時代に許慎が編纂した中国最古の部首別漢字字典『説文解字』には、次のような決定的な記述が遺されています。
「山は、宣なり。能く気を宣散し、万物を生ずるを謂うなり。石有りて高く、象形。」(『説文解字』山部より)
許慎の解説によれば、「山(サン)」という音は「宣(セン=広く行き渡らせる)」に通じ、大地の内部から立ち昇る雲や水蒸気を拡散させ、地上の生命を育むエネルギースポットを指していました。古代の人々にとって山は、単に土砂が高く盛り上がった無機質な物質ではなく、天と地を繋ぎ、雲を湧き出させ、雨をもたらす呼吸する有機体でした。真ん中の縦棒が突き抜けて高く、左右の線が寄り添う現代の字体へと整えられた背景には、天に向かってエネルギーを放出する主峰の力強さを定着させる意図が込められています。