一方で、この言葉はそのシンプルさゆえに、大衆文化の中で多くのパロディやネタの元ネタとしても消費されてきました。テレビのバラエティ番組やお笑い芸人のコント、SNSのミームとして、「遅刻したけど人間だもの」「ダイエット中にケーキを食べちゃった、人間だもの」といった形で、都合の良い言い訳として使われるケースが後を絶ちません。
かつて政治家が自身の不祥事や失言に対する弁明のニュアンスで口にし、世論の反発を招いた事例もありました。本来の「自己凝視と反省」の文脈から切り離され、「結果に対する居直り(開き直り)」として誤用されてしまう点には注意が必要です。
また、「人間だもの」の英語への翻訳という観点でも興味深い議論が存在します。一般的には以下のように訳されます。
- "Because I'm human."(極めて直訳的でシンプルな表現)
- "After all, we are only human."(人間誰しも不完全であるというニュアンスを込めた自然な英訳)
- "To err is human."(「過つは人の性」という西洋の格言と対比される表現)
西洋のことわざである「To err is human, to forgive divine(過つは人の習い、許すは神の業)」が理性と神の超越性を軸にしているのに対し、相田みつをの「人間だもの」は、どこまでも泥臭い生身の人間の情念に寄り添っている点に独自性があります。