時計の針を3世紀のローマ帝国まで巻き戻してみよう。当時の皇帝クラウディウス2世は、愛する家族や妻が故郷にいると兵士の士気が下がり、戦力低下を招くという理由から、若き兵士たちの結婚を全面的に禁止する強硬策に出た。愛を奪われた兵士たちの絶望は察するに余りある。
その理不尽な法令に立ち向かったのが、キリスト教の司祭であった聖ウァレンティヌス(バレンタイン)だ。彼は傷ついた若者たちを哀れみ、皇帝の命に背いて密かに結婚式を執り行い続けた。だが、密告によって彼の行為は暴かれ、捕らわれの身となってしまう。度重なる改宗の要求を拒み続けた聖ウァレンティヌスは、西暦269年2月14日、ついに処刑された。彼が命を賭して守り抜いたのは、人間が誰かを愛する純粋な権利そのものだったのだ。
後世になり、カトリック教会はこの殉教した聖人の愛と奉仕の精神を讃え、彼が命を落とした2月14日を「聖ウァレンティヌスの日」として祝日に制定した。これが、現代へと受け継がれる記念日の起源である。