一般に「不動明王のご真言」として最も広く唱えられているのが、中呪(ちゅうしゅ)と呼ばれる「慈救呪(じくしゅ)」です。その音読呪文は、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン」
一見すると意味不明な呪術の呪文のように聞こえますが、これは古代インドのサンスクリット語(梵語)の発音を漢字に写したものです。真言宗における不動明王の功徳を理解するために、その一音一音を分解して現代語へと翻訳すると、驚くほど温かく力強いメッセージが立ち現れます。
冒頭の「ノウマク・サンマンダ・バザラダン」は、「あまねくすべての金剛(絶対的な真理)の諸仏に帰依いたします」という全方位への祈りの宣言です。「センダ」は暴悪な者、「マカロシャダ」は大いなる怒りの者を意味し、救い難い愚か者にすら立ち向かう不動明王の荒ぶる姿を指します。続く「ソワタヤ」は「打ち砕いてください」、「ウン」は恐怖を打ち消す聖音、「タラタ」は障壁を粉砕する響きです。
そして結びの「カン・マン」は、不動明王を象徴する究極の種子(梵字)です。「カン」は不動の境地を表し、「マン」は一切の煩悩を焼き尽くす智慧の働きを表します。全体の現代語訳を統合すると、以下のようになります。
【慈救呪の現代語訳】
「激しい忿怒の姿を現し、大いなる怒りをもって迷いを粉砕される不動明王よ。どうか私の心にある執着と障害を打ち破り、真実の智慧と平穏をお与えください」
不動明王は、密教の根本仏である大日如来の化身としての役割(教令輪身)を担っています。穏やかな説法では救われない頑迷な衆生を、あえて恐ろしい姿で強引に引き戻す親の叱責のような存在です。言葉の意味を正しく理解すれば、恐れるどころか、慈悲に満ちた絶対的な救済の祈法であることが理解できます。