心臓という強靭なポンプ組織が、なぜ感情の揺らぎや突発的なトラブルによって変形してしまうのでしょうか。その中心的なたこつぼ心筋症の原因として医学的に解明されているのが、交感神経の過剰興奮に伴う「カテコラミン(アドレナリンやノルアドレナリン)」の血中サージ(急激な大量放出)です。
人間が耐え難い悲哀や恐怖、強い怒り、あるいは大規模な自然災害などに直面した際、脳の扁桃体から指令が出され、副腎髄質や心臓局所の交感神経終末から高濃度のカテコラミンが一気に放出されます。この過剰な化学物質が心筋細胞の受容体に過剰結合すると、微小血管の攣縮(極度のけいれん)や細胞内へのカルシウム過負荷を引き起こし、心筋が一時的な「気絶状態(マイオカーディアル・スタンニング)」に陥ります。これが、たこつぼ心筋症でストレスが引き金となる根本的な理由です。
左心室の先端部分(心尖部)は交感神経受容体の密度が特に高く、カテコラミンの毒性に対して非常に脆弱です。その結果、心尖部が全く収縮せずに風船のように膨らみ、基部だけが代償的に激しく動くという、典型的な「たこつぼ型」の形態異常が生じます。
なお、引き金となるのは精神的打撃(感情的ストレス)だけではありません。肺炎や脳卒中、喘息発作、骨折、大手術といった身体的ストレスが原因となるケースも多く、全体の約3割から4割を占めています。さらに近年では、宝くじの当選や予期せぬサプライズパーティーなど、過度の歓喜によって発症する「ハッピーハート症候群」の存在も報告されており、情動の急変そのものが心臓へ大きな負荷をかけることが浮き彫りになっています。