松任谷由実の代名詞といえば、プロコル・ハルムの『青い影』に衝撃を受けて作られた名曲『ひこうき雲』に代表される、洋楽直系の洗練されたコード進行です。この早熟な音楽センスをもたらしたのは、ほかならぬ兄たちの部屋から流れてきた最新の欧米ポップスでした。
当時、八王子の近隣には米軍立川基地や横田基地が存在し、街には進駐軍カルチャーの余韻が濃密に漂っていました。流行に敏感だった兄たちは、米軍のFEN(極東放送)ラジオにかじりつき、基地周辺のショップや輸入盤店で手に入れたビーチ・ボーイズやビートルズの最新LPを家へ持ち帰っていました。小学生だった由実少女は、兄たちの部屋に潜り込んではそれらのレコードを聴き漁り、ピアノで即座に耳コピして弾いてみせたという逸話が残っています。
デビュー当時、呉服屋の娘がポップスを歌うことに対して実家の父親は強い抵抗感を示しましたが、兄たちはその突出した才能をいち早く見抜いていました。派手な芸能界へと飛び立っていく妹を温かく送り出し、精神的な後ろ盾となったのは、長男・富男氏をはじめとする兄たちの深い理解と寛容さだったのです。