加藤清史郎の名が全国区となった契機は、2009年に放送されたトヨタ自動車の企業CM「こども店長」シリーズである。当時わずか7歳だった彼が見せた、礼儀正しさと愛嬌を併せ持ったキャラクターは日本中のお茶の間を魅了した。同年のNHK大河ドラマ『天地人』では、主人公・直江兼続の幼少期「樋口与六」を熱演。「わしはこんなとこ来とうはなかった!」と涙を流す演技は社会現象となり、流行語大賞の候補にも選出されるほどの熱狂を生んだ。
当時の特番インタビューや手記で本人が語ったところによると、幼少期の彼は「自分が有名人である」という自覚は薄く、純粋に現場で監督や共演者と芝居を作ること自体を楽しんでいたという。しかし、小学校高学年から中学生へと進むにつれ、急速に背負うプレッシャーと世間の眼差しは変化していった。「どこへ行っても『こども店長』と呼ばれることへの葛藤」が芽生えたのは、思春期を迎えた表現者として極めて自然な心の揺らぎであった。
彼が選択した転換点は、極めて大胆なものだった。中学卒業後、芸能活動を一時セーブし、高校3年間を単身イギリスで過ごす決断を下したのである。現地の日本人学校(立教英国学院)に身を置き、英語劇やミュージカルの本場で演劇の神髄を学んだ。この留学期間こそが、彼を「消費される元子役」から「自立した俳優」へと脱皮させる決定打となった。
帰国後の2020年4月には日本の大学へ進学。コロナ禍に見舞われながらも学業と俳優業を両立させ、2024年3月に大学を無事卒業した。大人の社会人として芸能一本に集中できる環境を整えたことが、近年の精力的な活動へと直結している。