「バカ殿のお色気シーンはなぜ消えたのか」という疑問に対し、最も決定的な要因となったのはテレビ界全体のコンプライアンス強化とBPOによる監視体制の確立です。
1990年代後半から、放送倫理を巡る議論が社会的に活発化しました。1997年に発足した「放送と青少年に関する委員会」(現在のBPO青少年委員会)などを通じ、視聴者やPTAから「子供に見せたくない番組」としてバラエティ番組のお色気や過激な身体的演出に対する投書が相次ぎました。
フジテレビをはじめとする民放各局は、スポンサー企業のブランド毀損リスクを回避するため、ゴールデン帯の自主規制ガイドラインを年々引き上げていきました。その結果、ゴールデンタイムにおける直接的な露出描写は事実上禁止されることになります。
しかし、志村けんはこの規制強化を単なる「制約」として受け止めるのではなく、「コントの純粋な進化」の好機へと転換しました。視覚的な刺激に頼ることをやめ、柄本明との静寂を活かした「芸者コント」、研ナオコとの阿吽の呼吸による「赤まむし」、桑野信義の家老とのリズミカルな掛け合いなど、演者の演技力と「間の笑い」を極限まで研ぎ澄ませていきました。お色気が消えたことは、結果として『バカ殿様』を単なるバラエティから、時代を超えて愛される普遍的な国民的コントへと昇華させる契機となったのです。