松坂夫妻に離婚説が浮上した最大の物理的根拠は、松坂大輔の別居生活とボストンの自宅をめぐる生活様式にありました。2014年オフに松坂氏が日本球界(福岡ソフトバンクホークス)へ復帰した際、柴田夫人と子供たちは日本へ帰国せず、米国マサチューセッツ州ボストンの超高級住宅街に生活拠点を残したまま単身赴任の形をとったのです。
日本のプロ野球界では「夫の国内球団移籍には家族全員が帯同し、妻が栄養管理を徹底して支える」という昭和・平成的な慣習が根強く残っていました。そのため、家族をアメリカに残したまま福岡、名古屋(中日ドラゴンズ)、埼玉(西武ライオンズ)と拠点を移し続けた松坂氏の姿は、一部のファンやメディアの目に「冷え切った夫婦関係の象徴」と映ってしまったのです。
しかし、関係者の証言やこれまでの取材データを総合すると、この別居は感情的な断絶ではなく、子供の教育方針に対する夫婦間の明確な合意に基づくものでした。
長女(2005年生)、長男(2008年生)、次女(2010年生)の3人の子供たちは、多感な幼少期からアメリカのローカルコミュニティで育ちました。途中で日本へ連れ戻せば、日本語教育への再適応やアイデンティティの混乱を招くリスクがあります。
柴田夫人は子供たちの英語力と国際感覚を守り抜くため、自らボストンに踏みとどまり、送り迎えから勉学指導、スポーツの習い事(フィギュアスケートや野球など)までを一人でマネジメントする道を選んだのです。