日本女子バレーの礎を築いたのは、間違いなく東洋の魔女大松博文監督です。日紡貝塚の選手たちを率いて編み出した「回転レシーブ」と苛烈な猛練習は、欧米の長身選手に対抗するための知恵と執念の結晶でした。大松監督が記録した国際大会での圧倒的な勝率は、歴代でも群を抜いています。
女子バレー歴代勝率ランキングにおいて大松氏と双璧をなすのが、1970年代の黄金期を牽引した山田重雄監督です。セッターとアタッカーのコンビネーションを極限まで高め、新戦術「ドライブサーブ」や守備フォーメーションの刷新によって、モントリオール五輪金メダル、1977年ワールドカップ優勝という前人未到の快挙を成し遂げました。
この時代の監督たちは、単なる指導者にとどまらず、戦術のイノベーターとして世界バレーの潮流そのものを創り出していたのです。