小泉家歴代の政治姿勢には、「大衆への直接的な訴求」と「既存秩序の破壊」という共通した行動様式が見られます。小泉純一郎氏の経歴を振り返ると、その特異性が際立ちます。慶應義塾大学経済学部を卒業後、父の急逝に伴い出馬したものの落選を経験。福田赳夫元首相の秘書を経て政界入りを果たした後は、厚生大臣や郵政大臣を歴任しながら、長年「異端児」「変人」と呼ばれ続けました。
2001年の自民党総裁選における「自民党をぶっ壊す」というフレーズは、派閥政治に倦怠感を抱いていた国民を熱狂させ、80%を超える驚異的な内閣支持率を記録しました。当時の密着取材や関係者の回顧録でも語られている通り、言葉を極限まで削ぎ落とし、ワンフレーズで本質を突く手法は、祖父・又次郎氏の演説技術を現代版に昇華させたものでした。
一方、郵政民営化や聖域なき構造改革を断行した手法には、「格差拡大を招いた」「地方の疲弊を加速させた」とする厳しい批判も根強く残っています。しかし、強固な既得権益に立ち向かう姿勢そのものが、今日まで続く「小泉ブランド」の求心力の源泉となっています。