マルファン症候群は、1896年にフランスの小児科医アントワーヌ・マルファンが報告したことに端を発する先天性の結合組織疾患です。原因の主軸となるのは、15番染色体に位置する「フィブリリン1(FBN1)」遺伝子の変異です。フィブリリン1は、全身の血管壁、骨膜、眼の水晶体などを支える弾性線維(エラスチン)を構築する不可欠な糖タンパク質であり、この機能が低下することで組織全体の張力や弾力性が損なわれます。
では、なぜマルファン症候群の患者は手足が長くなるのでしょうか。そのメカニズムには、細胞間の増殖因子である「TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)」が深く関与しています。フィブリリン1が正常に機能しない場合、TGF-βが過剰に活性化し、骨の長軸方向への成長シグナルが適切に抑制されなくなります。その結果、身長が過剰に伸び、身長に対する腕の長さ(リーチ)が長大化し、クモの足のように細長く繊細な指を持つ「クモ状指(Arachnodactyly)」が形成されるのです。
しかし、外見上の特徴以上に臨床現場で警戒されるのが、生命に直結する心血管系の病変です。大動脈の血管壁に存在する中膜の弾性線維が破綻することで、心臓から拍出される血圧に耐え切れず、大動脈基部が風船のように拡張します。これが限界に達すると、血管壁の内膜が裂けて血流が壁内に入り込む「大動脈解離」や「大動脈破裂」を引き起こし、電撃的な死をもたらす危険性を孕んでいます。
さらに、眼科領域では水晶体を支える毛様体小帯が脆弱化することによる「水晶体亜脱臼」や高度の近視、骨格系では重度の側弯症や胸郭の変形(漏斗胸・鳩胸)、呼吸器系では肺の表面が破れる自然気胸など、病変は全身のあらゆる器官に波及します。外見的なスタイルのみを切り取って語ることは、この病気の過酷な本質を見誤ることに他なりません。