ネット上の言説やドラマのライト層の間では、「古関裕而は最初から天才で、順風満帆に名声を手に入れた」「夫婦仲は終始完璧な理想郷だった」と短絡的に受け止められがちですが、これらは明らかな誤解です。
誤解1:商業作曲家としての順風満帆な成功
劇中でも描かれた通り、裕一(古関裕而)は上京後、西洋クラシックの重厚な交響曲を作曲することにこだわり続け、大衆向けのレコードが全く売れない屈辱の時代を数年間過ごしました。実生活でも、日本コロムビアから「ヒットを出せないなら契約解除」と通告される寸前まで追い詰められ、妻・金子の内助の功と生活の切り詰めによって辛うじて生き残ったのが現実でした。
誤解2:コミカルに処理された家制度の確執
ドラマでは、弟の浩二や伯父の茂兵衛との確執が最終的に人情味ある和解へと導かれましたが、当時の日本の「家父長制」と「長男の家督相続義務」は、現代からは想像もつかないほど絶対的な社会的拘束力を持っていました。地方の名家において長男が芸術の道へ進むために実家を捨てる行為は、一族の破滅や勘当を意味する極めて重いタブーでした。実在の古関家も、実家の破産や経済的困窮など、想像を絶する生々しい修羅場を経験しています。