カオナシの底知れぬ怖さを決定づけている大きな要因が、その「声」と音響表現だ。登場初期の発する「あ、あ…」という絞り出すような吐息。そして油屋の従業員を呑み込んだ後に他人の声を借りて喋る下品なだみ声。この極端な落差が、観客の聴覚に生理的な不快感と不安を与える。
この難役を演じ切ったのは、演劇集団 円に所属する俳優・声優の中村彰男氏だ。中村氏の緻密かつ圧倒的な怪演が生み出した息遣いは、カオナシの孤独と異物感を完璧に表現した。言葉を持たない者が他者の声を奪ってしかコミュニケーションを取れないという歪みが、ホラー映画の演出をも凌駕するゾッとするような静かな恐怖を生み出している。