栄光の影で、済美高校野球部は指導体制の激変を伴う苦難の歴史も経験してきました。検索市場でも関心が高い「監督交代の理由」と「過去の処分経緯」には、高校スポーツ組織が直面した構造的課題が存在します。
転換点となったのは2014年8月でした。部内における上級生から下級生への暴力および不適切行為が発覚し、日本学生野球協会から1年間の対外試合禁止処分(高野連主催大会への参加停止)を受けました。さらに悲劇は重なり、処分直後の2014年9月2日、胆管がんのため闘病中だった上甲正典監督が67歳で急逝。チームは精神的支柱と実戦の場を同時に失うという極限状態に追い込まれました。
この危機的状況を打破すべく、外部招聘されたのが愛媛の伝統校・松山商業高校出身で実績のあった乘松征二監督でした。乘松監督は「野球の技術以前に、人間としてのあり方」を徹底的に再教育。寮生活の見直しや挨拶・礼儀の徹底、風通しの良い環境作りに尽力しました。
その結実となったのが2018年夏の甲子園(第100回記念大会)です。2回戦の星稜戦において、タイブレークの末に放たれた劇的な逆転サヨナラ満塁ホームランをはじめとする粘り強い戦いぶりでベスト4まで進出。不祥事と名将の死という深い暗闇から、完全復活を全国に知らしめました。その後、一定の再建を果たした乘松監督からバトンを受け継ぐ形で、長年チームの酸いも甘いも知る中矢太監督へと引き継がれました。この交代は摩擦によるものではなく、綿密な継承計画に基づいた体制刷新でした。