塩沼亮潤大阿闍梨の壮絶半生と現在|千日回峰行を成した覚悟の真相

塩沼亮潤大阿闍梨の壮絶半生と現在|千日回峰行を成した覚悟の真相

塩沼亮潤大阿闍梨の壮絶半生と現在|千日回峰行を成した覚悟の真相の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

塩沼亮潤大阿闍梨の名を不滅のものとしたのが、1991年から1999年にかけて完遂された大峯千日回峰行です。毎年5月3日から9月3日までの期間、毎日深夜11時半に起床し、滝行と勤行を済ませた午前0時半に吉野の蔵王堂を出発。標高1,719メートルの大峯山(山上ヶ岳)山頂の本堂を目指して往復48キロ、高低差1,300メートル以上の岩肌と獣道を踏破し、夕刻に戻る日課を年間120日、9年間かけて1000日間繰り返します。

携行品は提灯、おにぎり2個、500mlの水、そして「死出紐(しでのひも)」と「降魔の小刀(こうまのしょうとう)」のみです。もし途中で行を続けられなくなった場合は、山中で自ら命を絶つ掟が定められており、まさに一歩一歩が死線の上を歩むものでした。爪が剥がれ、血と汗で白装束が染まるのは日常茶飯事。ツキノワグマとの遭遇やマムシの威嚇、落雷や暴風雨といった自然の脅威に加え、行の後半には40度を超える高熱と激しい血尿・脱水症状に見舞われながらも、這うようにして山頂を往復した記録が残されています。

1999年、千日回峰行を満行した翌年の2000年、塩沼大阿闍梨はさらなる極限行である四無行(しむぎょう)に入壇しました。「断食・断水・不眠・不臥」を9日間(丸216時間)続けるこの行は、医学界の常識では致死限界を遥かに超える過酷さです。堂内に結界を張り、横になることすら許されず、24時間座禅の姿勢を保ちながら真言を唱え続けます。体内の水分は極限まで失われ、血液は粘度を増し、5日目を過ぎると身体からは死臭に似た匂いが漂い始めます。幻覚と強烈な渇きに苛まれる極限状態の中で、大阿闍梨は「水一口のありがたさ、生きている奇跡」を全身で悟ったと語っています。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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