連載当時からネット上の掲示板やSNSで最も議論を呼んだのが、「なぜ結城哲也はプロ志望届を提出しなかったのか」という疑問です。西東京屈指の強打者であり、成宮鳴の剛速球を完璧に捉えた打撃技術とリーダーシップは、プロ野球のスカウト陣からも「ドラフト2位から3位以内で指名確実」と絶賛されていました。高校生外野手屈指の強肩強打を誇った伊佐敷純についても同様です。
二人が高卒プロ入りを回避し、大学進学を決断した背景には、青道高校野球部の指導方針と、片岡鉄心監督との緻密な面談が存在していました。報道関係者や球界関係者の証言を総合すると、結城自身が下した決断の根底には「完成された即戦力としてのプロ入り」という明確な青写真がありました。
結城は高校入学当初、決して突出したエリート選手ではありませんでした。誰よりもバットを振り込み、愚直な反復練習によってスラッガーとしての才能を開花させた努力の人です。だからこそ本人は、自らの基礎体力や木製バットへの対応力、さらには変化球に対する選球眼において、プロの一軍投手を相手にするにはまだ壁があると冷静に自己分析していました。
片岡監督もまた、選手の将来を搾取せず、長期的なキャリア形成を最優先に考える名将です。「高卒でプロの二軍に埋もれるよりも、大学野球のハイレベルな環境で4年間主力を張り、心身ともに完成された状態でドラフト1位を勝ち取るべきだ」という指揮官の助言が、結城の背中を押しました。プロ志望届を出せば指名は確実だったものの、自らの現在地を一切見誤らない客観性こそが、結城哲也という男の真骨頂だったと言えます。
一方の伊佐敷純についても、感情論ではなく極めて現実的な進路選択でした。伊佐敷は高校時代、投手から外野手へ転向した経歴を持ちます。野手としてのキャリアは実質2年足らずであり、打撃の荒削りさや配球の読みにおいて、大学で培うべき伸び代が多く残されていました。また、関西の大学へ進学して教職課程を履修するなど、セカンドキャリアまで見据えた自立した人生設計を描いていた点も見逃せません。