櫻井翔の学歴を語る上で欠かせないのが、小学校受験の最高峰とされる慶應義塾幼稚舎への合格です。以降、慶應義塾普通部(中学校)、慶應義塾高等学校(塾高)、慶應義塾大学経済学部へと一度も外部受験を挟むことなく内部進学を果たしました。慶應義塾の一貫教育において、内部生は「幼稚舎出身者(舎生)」を筆頭に独自の誇りを持つとされますが、同時に進級や学部選択においては極めてシビアな実力主義が敷かれています。
各進学ステージにおける難易度や選考基準、当時の櫻井翔が置かれていた状況を整理したデータが以下の比較表です。
世間一般では「内部進学ならエスカレーター式で楽に卒業できる」という誤解が根強く残っています。しかし、日吉キャンパスに構える慶應義塾普通部や慶應義塾高校は、成績不良者に対する留年勧告が容赦なく下されることで知られています。特に塾高では、1学年約700〜800名のうち毎年数十名の留年(原級留置)が発生する厳しい環境です。櫻井翔は中学2年生で事務所に入所し、高校3年生の1999年11月に嵐としてCDデビューを飾る激動の最中にありながら、学年上位の成績基準を維持して最難関の経済学部への進学権利を勝ち取りました。