小池百合子という政治家を語る上で欠かせないのが、若き日の劇的なキャリア形成です。甲南女子高校を卒業後、関西学院大学社会学部に進学したものの、「これからは英語だけでなくアラビア語の時代が来る」という父・勇二氏の強い勧めと助言を受け、わずか半年で中退して単身エジプトへ留学を決意します。
カイロ・アメリカン大学でアラビア語を学んだ後、難関として知られるカイロ大学文学部社会学科へ編入。1976年に同大学を卒業したとされています。このエジプト滞在期に身につけた語学力を武器に、帰国後はアラビア語通訳者として頭角を現しました。当時、中東情勢が激動を迎えるなか、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長やリビアのカダフィ大佐といった国際的なキーマンとの単独会談をコーディネート・通訳した実績は、ジャーナリズム界で大きな話題を呼びました。
その後、日本テレビ『竹村健一の世相講談』のアシスタントキャスターや、テレビ東京系『ワールドビジネスサテライト(WBS)』の初代メインキャスターに抜擢。メディアの世界で圧倒的な存在感を放った彼女は、1992年に日本新党から参議院議員選挙に出馬し、政界への華麗なる転身を果たしました。この「メディア出身の国際派」という特異な足跡が、後年のミステリアスな人物像の源泉となっています。