山口百恵さんがデビューした1970年代前半は、月刊誌『明星』『平凡』『近代映画』などで、アイドルが健康的な水着姿を披露することが定番のプロモーション手法でした。彼女もデビュー初期から中盤にかけて、グアムやハワイなどでの屋外ロケやプールサイドでのグラビア撮影を数多くこなしています。
彼女の水着グラビアは、いわゆるセクシー路線を売りにしたものではなく、スポーティーで健康的なビキニやワンピース姿が基本でした。それでも世間が過剰な関心を寄せた背景には、ヒット曲『ひと夏の経験』『青い性』などに代表される、作詞家・阿久悠氏や千家和也氏、音楽プロデューサー・酒井政利氏らによる「青い性(きわどい歌詞をあえて無表情・直視で歌わせる)」戦略がありました。
少女が背伸びをして大人の性の世界を覗くような歌詞の世界観と、雑誌のビジュアルイメージがシンクロした結果、世間の男性ファンやメディアが「水着の奥にある素肌」に対して強い好奇心を抱き、それが後年の様々な噂へと肥大化していったと考えられます。