セルフケアや保存療法はすべての段階で有効なわけではありません。正中神経への圧迫が長期間に及ぶと、神経線維そのものが変性し、元に戻らない不可逆的な麻痺に陥る危険があります。
手遅れを防ぐため、以下の項目に当てはまる場合はセルフケアを直ちに中断してください。これらは日本手外科学会でもコンセンサスが得られている明確な手根管症候群の手術判断基準です。
最重要の境界線は、親指の付け根にあるふくらみ(母指球筋)の筋萎縮です。手のひらを見て、親指の付け根がペタンと平らに窪んでいないでしょうか。親指と人差し指で綺麗な「OKサイン(完璧な丸)」が作れず涙の雫のような形(ティアドロップサイン)になる、シャツのボタン掛けができない、ペットボトルのキャップを開けられない、小銭をつまんで落とすといった巧緻運動障害が現れている場合、運動神経の変性がすでに進行しています。この段階を放置すると、手術を行っても筋肉の機能が完全には戻らないリスクが高まります。
また、夜間痛によって睡眠障害が続いている場合や、保存療法を2〜3ヶ月継続しても改善が一切見られない場合も手術の適応となります。
現代の手術法は目覚ましい進化を遂げています。現在主流となっているのは、手首付近に約1cmの微小切開を施し、カメラを挿入して横手根靭帯のみを切離する「内視鏡下手根管開放術(ECTR)」です。局所麻酔または伝達麻酔を用い、手術時間はわずか10〜15分程度、日帰りや一泊入院で実施可能です。術後の痛みが少なく、早期の社会復帰が期待できます。
受診先を検討する際は、単なる整形外科ではなく、日本手外科学会が認定する「手外科専門医」が在籍している医療機関を選択することが不可欠です。手は微小な血管や神経、腱が複雑に絡み合う精密機械のような器官であり、確かな触診技術、電気生理学的検査(神経伝導速度検査)、高解像度エコー(超音波)検査による診断能力を持つ専門医を受診することが、後悔のない治療への最短ルートです。