外来診療の現場で医師が最も頻繁にぶつけられる疑問が、「一度水を抜くと、癖になって次から次へと水がたまるようになるのではないか」という都市伝説です。結論から申し上げれば、「水を抜いたから癖になる」というのは医学的に完全な誤謬(ごびゅう)です。
そもそも「膝の水」の正体は、関節内の潤滑油であり軟骨へ栄養を供給している「関節液(滑液)」です。通常、関節内にはわずか1〜3ml程度の関節液が循環しており、滑膜(かつまく)で作られては吸収されるバランスが保たれています。ところが、加齢に伴う軟骨の摩耗粉や半月板損傷、過度な負荷によって滑膜に炎症が生じると、防衛反応として火消しの水のように関節液が過剰分泌され、20〜50ml以上も滞留します。これが関節水腫です。
つまり、水を抜いた後に再び水がたまるのは、「針を刺したから」ではなく、水を生み出している根本的な原因(滑膜の炎症や軟骨のすり減り)が解決していないからに過ぎません。蛇口が開きっぱなしの浴槽から水を汲み出しても、蛇口を閉めない限り再び水が溢れるのと同じ理屈です。この因果関係を取り違えた俗説を信じ込み、穿刺を拒否して我慢を続ける行為は、治療の好機を逸する重大なリスクを孕んでいます。