彼女の歩みを紐解く上で欠かせないのが、ヒットメーカー・秋元康に見出されたAKB48時代の実績だ。2006年に2期生として加入した彼女は、秋葉原の地下から全国区へと駆け上がる熱狂の渦中にいた。とりわけ燦然と輝くのが、「AKB48劇場公演の最多出演記録」という驚異的な足跡である。誰よりも多くステージに立ち、ファンの汗と涙を受け止め続けたタフネスこそ、彼女の真骨頂だった。
その後、大手事務所である太田プロダクションに所属し、持ち前の物怖じしないキャラクターと破天荒なトーク力で数々のバラエティ番組を席巻。アイドルという枠組みを軽々と飛び越え、お茶の間に笑いを提供するマルチタレントとしての地位を確立した。その原点にあったのは、苛烈な劇場公演で培われた圧倒的な現場対応力と度胸にほかならない。