デジタル空間における現代の読者コミュニティ(読書メーター、ブクログ、各種SNS)を定点観測すると、嵐山作品に対するリアルな評判には、世代を超えた明らかな共通項が見出せます。
好意的なレビューとして圧倒的に多いのは、「教科書の中の偉人が、一気に身近で情けない人間として愛おしくなった」という感想です。文学史で神棚に祀られている文豪たちが、金に困り、女に泣きつき、暴飲暴食を繰り返す様子を、嵐山氏は突き放すのではなく「人間とはそういうものだ」という包容力をもって描き出します。この視線が、完璧主義に疲弊した現代読者の心を強く解きほぐしているのです。
一方で、読者を選ぶポイントとして指摘されるのが、「昭和的な悪ふざけや誇張表現の好悪」です。テンポの良い文体(いわゆる昭和軽薄体の残り香)や、ややステレオタイプ化された男女観の描写に対しては、現代のポリティカル・コレクトネスの観点から「時代を感じる」「好みが分かれる」という声も一部に散見されます。しかし、その誇張も含めて「虚実皮膜の間」を楽しむのが嵐山文学の真髄であると理解するファン層からは、熱烈な支持が維持されています。