日本文学の世界に目を向ければ、太宰治をはじめとする文豪たちのテキストにも「幾何」の影が見え隠れする。太宰作品に漂う独特の焦燥感や自己破滅的なペーソスは、時間や幸福が指の隙間からこぼれ落ちていく感覚——まさに「いくばくもない」境地と見事に共鳴している。
だが、現代において注意すべき誤用トラップも存在する。代表的なのが「期間の長さ」に対する認識のズレだ。「幾許もない」は原則として「極めて少ない・短い」ことを意味するため、数年単位の長いスパンに対して「準備期間はあと3年と、いくばくもない」と使うのは座りが悪い。主観的な焦りを表すにしても、聞き手に違和感を与えるリスクがある。言葉のスケール感を正しく把握しておくことが、表現の精度を担保する鍵となる。