なぜ御幸一也は、呼吸すら苦しい重傷を負いながら首脳陣に事実を申告しなかったのか。その背景には、新チーム発足時に託された主将としての使命感と、前キャプテン・結城哲也をはじめとする引退した3年生への強い誓いがありました。
当時、青道高校は「絶対的エース不在」の過渡期にあり、沢村栄純と降谷暁という発展途上の2投手を巧みにリードできる扇の要は御幸ただ一人でした。自分が戦線離脱すれば、チーム全体の動揺は避けられず、目前に迫ったセンバツ(春の甲子園)出場権が水泡に帰すことを御幸は誰よりも理解していたのです。自己の選手生命を危険に晒してでもチームの勝利を優先するという、冷徹なまでの自己犠牲精神が怪我を秘匿させました。
しかし、その異変を隠し通すことはできませんでした。決勝前夜、宿舎の部屋で痛みに顔を歪め、分厚いテーピングを巻いていた御幸の姿を、副主将の倉持洋一が目撃します。幼馴染のような気安さと、チームを支える両輪としての誇りを持つ倉持は、御幸の胸ぐらを掴んで激怒しました。「なぜ俺たちに話さなかった」「ふざけんな、お前一人のチームじゃねえぞ」と詰め寄る倉持の怒りは、親友の身体を本気で案じるがゆえの悲痛な叫びでした。
最終的に倉持は御幸の悲壮な覚悟を受け止め、「チームのために最後まで走りきれ」と秘密を共有。首脳陣へ直訴することなく、試合中の守備走塁で主将を徹底的にカバーする道を選んだのです。