現代のサービス産業において、顧客が単なる「商品」ではなく「記憶に残る感動」に対価を払う現象は、社会学者B・J・パイン二世らが提唱した「体験経済(Experience Economy)」の概念で説明されます。ゑびす屋のビジネスモデルは、まさにこの体験経済の極致に位置しています。
利用者が支払っている数万円は、移動にかかる燃料費や労力への対価ではありません。観光客を「物語の主人公」として迎え入れ、非日常の優越感と文化的な知的好奇心を満たす「ステージ演出料」なのです。実際、人力車に座った瞬間、視線は通常の歩行者よりも約1メートル高い位置へと持ち上がります。この「視座の変容」が心理的な高揚感を生み出し、街行く人々の視線を集める心地よい特別感へと昇華されます。
そして、この演出を支えているのが、極めて過酷かつ徹底されたゑびす屋バイト採用と研修システムです。求人市場において、ゑびす屋の俥夫募集は「学生アルバイトの枠組みを超えたエリート育成機関」として知られています。採用率は決して高くなく、応募者は面接を通過した後、数週間にわたる猛烈な引き手の実技研修、安全講習、各都市の歴史・地理・写真撮影技術の猛特訓を受けます。
「お客様と目を合わせる角度」「天候に合わせた空調・ブランケット配慮」「走行中の揺れを最小限に抑える足運び」に至るまで、徹底的にマニュアル化された所作の上に、俥夫一人ひとりの個性が掛け合わされます。自著や手記で振り返る元俥夫たちの証言によれば、現場に出るまでに課されるテストは厳格そのものであり、途中で脱落する候補者も少なくありません。この妥協のない人材選抜と育成システムこそが、2026年現在も高単価を維持しながら高いリピート率を生み出す構造的源泉なのです。