「あれから40年…あんなに愛らしかった妻が、いまや潜水艦野郎(沈んだきり浮いてこない)」——。一度聞いたら忘れられないこのキラーフレーズは、綾小路きみまろが30年以上に及ぶ過酷な下積み生活の中で培った、人間観察の集大成から削り出された言葉です。森進一をはじめとする大物歌手の司会者として全国を巡る傍ら、キャバレーや宴会場のステージで観客の反応を見極め続けた日々が、爆笑の土台を築き上げました。
当時のインタビュー手記や本人の回顾録によると、誕生の契機は観光バスの駐車場でした。東京・浅草や高速道路のパーキングエリアに押し寄せるバスツアーの中高年層を徹底的に観察したきみまろは、定年退職を迎えた夫と、子育てを終えて自由を謳歌する妻の微妙なパワーバランスに着目。「結婚した20代初期から数えてちょうど40年が経過した世代」のリアルな生態を言葉に落とし込み、高速道路のドライバーや添乗員に自作カセットテープを手渡すという泥臭い宣伝を展開したのです。
なぜこの言葉が中高年の胸を打つのか。社会心理学の観点から見れば、加齢や体型の崩れ、夫婦間のマンネリズムといった「日常では恥ずかしくて隠したい現実」を、公の舞台で堂々と暴露してくれる点にあります。観客は「笑う」という行為を通じて、自らの老いや配偶者への鬱屈した不満をポジティブに受け入れ直します。単なる嘲笑ではなく、「みんな同じなんだ」という同時代的な安堵感をもたらす装置として、あの名フレーズは機能しているのです。