古代日本の歴史像を根底から書き換える契機となったのは、奈良県明日香村に位置する飛鳥池工房遺跡の大規模な調査だった。1990年代後半、奈良文化財研究所(当時は奈良国立文化財研究所)が主導したこの調査において、富本銭の完成品だけでなく、鋳型(母銭や枝銭)や鋳造滓がまとまって出土したのである。
この発見の学術的インパクトは計り知れない。それまで富本銭は江戸時代の古銭収集家の記録や一部の伝世品として知られていたものの、作られた年代や場所を証明する決定的な物的証拠を欠いていた。しかし、飛鳥池工房遺跡の地層年代や共伴する木簡の記載から、7世紀後半――具体的には天武朝の時代に確実に鋳造されていた事実が科学的に証明されたのだ。これによって古代日本貨幣史のタイムラインは一気に四半世紀以上遡ることとなった。