「いもや」の原点は、1959年(昭和34年)に創業した一軒の小さな大衆食堂に遡ります。屋号の由来は創業者の出身地やサツマイモのように親しみやすく素朴な存在でありたいという願いから名付けられたと伝えられています。
創業当時の神保町は、明治大学や専修大学、日本大学などの学生街であり、同時に無数の出版社や古書店がひしめく活気あふれる街でした。「金はないが腹を空かせた若者たちに、本物の揚げたて天ぷらをお腹いっぱい食べさせたい」という創業精神のもと、いもやは天ぷら定食、天丼、とんかつなど業態ごとに分社・分店化を進め、神保町エリア一帯に「いもや村」とも呼ばれる独自のネットワークを築き上げました。
いもやの店内には独特の様式美が存在しました。磨き抜かれた清潔な白木のカウンター、油のパチパチという音だけが響く静謐な空間、卓上に山盛りにされた刻みタクアン(お新香)、そして熱々のしじみ汁。お冷のおかわりや会計のスムーズな受け渡しなど、客側も無駄口を叩かず黙々と食事と向き合う「大人の大衆食堂」としてのマナーが自然と共有されていました。