「神代の昔にも、こんな奇跡のような出来事は聞いたことがない。竜田川が水を唐紅のくくり染めに染め上げるとは――」。この一首を表面的に解読すれば、秋の美景を端正に讃えた歌に思える。しかし、歴史の深層へと足を踏み入れると、そこに隠された切なくも苛烈な真実が浮かび上がってくる。
作者である在原業平がこの歌を詠んだ背景には、かつて熱烈に惹かれ合いながらも、政治的思惑によって引き裂かれた藤原高子への断ち切れぬ想いがあった。二度と手を伸ばすことの叶わない高貴な女性の前に差し出された屏風歌という制約の中で、業平は水面を真っ赤に覆い尽くす紅葉に、胸の奥底で燃え滾る激情を託したのだ。神々すら知らぬほどの奇跡という表現は、叶わぬ恋の燃え盛る激しさを極秘裏に叫んだ愛の暗号だったと言える。