なぜこの曲は『六兆年と一夜物語』というタイトルなのか。そして、ラストで「僕等は消えてしまう」と歌われる理由は何なのか。公式ノベライズや『KEMU VOXX』の共通世界観を紐解くことで、隠された真相が浮かび上がります。
小説版『六兆年と一夜物語』のあらすじと「忌み子」の背景
舞台は、古い因習に囚われた閉鎖的な集落。主人公の少年「リク」は、生まれつき体に異形(角や痣)を持っていた、あるいは災いをもたらす兆候と見なされ、「忌み子」として蔵に幽閉され、村人たちから激しい虐待と差別を受け続けていました。
愛を知らず、名前すら与えられず、ただ理不尽な暴力に耐える日々の中、リクの前に現れたのが天真爛漫な少女「マキ」でした。マキは少年に「リク(陸)」という名前を与え、自らも名乗ることで、二人は初めて心を通わせます。しかし、二人の逃亡劇は村人たちに発見され、冷酷な追手によってマキは致命的な危害を加えられてしまいます。
「六兆年」の孤独と「一夜」の救済が意味する結末の真相
絶望の極限に達したリクの前に現れたのが、kemu楽曲シリーズの根幹をなすアイテム「パンドラの箱(黒いキューブ)」です。リクはこの超越的な力に対し、ある根源的な願いを託しました。
「マキと二人だけで、誰も邪魔しない世界へ行きたい」
その願いの結果、リクが放った力によって村や周囲の世界は一瞬にして消滅。しかし、その代償としてリクは、「六兆年」という天文学的な時間の果てに、たった「一夜」だけマキと再会できるという過酷な因果のループへと囚われることになります。
ラストシーンで「夜が明けて 朝が来れば 僕等は消えてしまうけれど」と歌われるのは、二人が過ごせる時間がその一夜限りの幻影であることを悟っているからです。それでもなお、六兆年もの暗闇の孤独よりも、愛する人と手を繋いだ一夜の記憶こそが少年の魂を救ったという、究極の純愛と哀切が込められています。