「朝起きてベッドから降りようとした瞬間、お尻に火がついたような痛みが走って立ち上がれなくなった」――取材班に寄せられた数多くの手記には、前触れなく訪れる強烈な運動制限が生々しく綴られています。妊婦が坐骨神経痛で歩けない決定的な理由は、腹部の前方突出による重心変化だけでは説明がつきません。その深部には、梨状筋症候群とリラキシンホルモンの緻密な相互作用が存在します。
妊娠が成立すると、母体では出産に向けて産道を広げるため、卵巣や胎盤から「リラキシン」と呼ばれる靭帯弛緩ホルモンが大量に分泌されます。リラキシンは恥骨結合や仙骨と腸骨をつなぐ仙腸関節の強固な靭帯を弛緩させ、骨盤全体を意図的にグラグラの状態へと導きます。骨盤という土台が不安定になると、人体はその揺らぎを食い止めようとして、臀部の深層にあるインナーマッスル「梨状筋(りじょうきん)」を過剰に収縮させ、まるで筋膜をロープのように固く緊張させて骨盤を固定しようと試みます。
この梨状筋の真下、あるいは筋肉の間を貫くように走行しているのが、人体の中で最も太い神経である「坐骨神経」です。硬直した梨状筋に強く挟み込まれ、圧迫と牽引を同時に受けることで末梢神経の血流が途絶し、臀部から下肢へ耐えがたい電撃痛が走ります。一歩足を踏み出すたびに体重の数倍の剪断(せんだん)力が緩んだ仙腸関節に加わり、それを支える梨状筋が反射的にスパズム(異常痙縮)を起こすため、足が前に出せなくなる現象が起きるのです。