映画冒頭、叡山電車の車内で高寿が一目惚れし、宝ヶ池駅のホームで勇気を振り絞って声をかけるシーン。連絡先を聞くこともできず「また明日」と声をかけた高寿に対し、愛美は突然大粒の涙をこぼします。初見の観客には「純真な女性の感激の涙」に見えるこの場面こそ、本作における最大の伏線です。
この日は、高寿にとっては愛美と出会った「最初の日(Day 1)」ですが、愛美にとっては高寿と恋人として過ごした「最後の日(Day 30)」でした。すでに愛美の中には、30日間にわたる高寿とのデートの思い出、初めて手をつないだ温もり、キスを交わした夜、そして互いの葛藤を乗り越えた記憶のすべてが詰まっています。「また明日」という言葉が決して叶わないことを知りながら、恋人としての高寿と二度と会えなくなる最後の瞬間に立ち会っていたのです。
劇中には、この反転構造を示す緻密な伏線がいくつも仕掛けられています。
- 呼び捨てにされた瞬間の涙:高寿が初めて「愛美」と名前で呼んだ日、愛美は泣き崩れます。高寿にとっては「初めて呼び捨てにした日」ですが、愛美にとっては「高寿が自分を名前で呼んでくれる最後の日」だったからです。
- 初めて手を繋いだときの涙:高寿が緊張しながら手を握った瞬間、愛美の手は冷たく震え、再び涙を浮かべます。愛美にとってそれは「高寿が恋人として手を握ってくれる最後の瞬間」でした。
- 秘伝のビーフシチューの隠し味:愛美が高寿に作ったシチューに「チョコレート」が入っていた理由。それは後に高寿の実家で母親から教わるレシピであり、愛美は「未来の高寿から教えてもらった味」を再現していたに過ぎませんでした。