天理ラーメンの歴史を紐解く上で、まず押さえておくべきなのは「発祥・元祖」は彩華ラーメンであるという動かしがたい事実です。彩華ラーメンは1968年(昭和43年)、天理市内の屋台からその歴史をスタートさせました。創業者が「若者や働く人たちにお腹いっぱいスタミナのつくものを食べてほしい」という思いから、当時としては画期的だった白菜や豚肉を中華鍋で炒め、にんにくと唐辛子を利かせたラーメンを考案したのが天理ラーメンの原点とされています。
一方の「天理スタミナラーメン(天スタ)」は、1980年(昭和55年)に桜井市三輪の屋台から創業し、後に天理市へ進出しました。彩華ラーメンが生み出した「炒め白菜×にんにく×ピリ辛」という天理独自のスタイルをリスペクトしつつ、スープの製法に改良を重ねて独自の地位を築き上げたブランドです。
この食文化が天理の地で定着した背景には、地域特有の社会構造があります。天理市は天理教の本部が置かれ、全国から多くの信者が「おぢばがえり(帰参)」と呼ばれる参拝に訪れます。長旅やひのきしん(奉仕活動)で体力を消耗した人々、そして天理大学をはじめとする学生アスリートたちの旺盛な食欲を満たすソウルフードとして、栄養価の高い白菜とスタミナのつくにんにくをふんだんに使ったラーメンが必然的に定着していきました。