すべての始まりは、圧倒的なスピード感で制作が進められた一作のドラマだった。石井明美のソウルフルで伸びやかなボーカルが見事にはまり、1986年の年間シングルチャート首位を獲得するに至る。元々はイタリアのダンスユニット「フィンツィ・コンティーニ」が発表した楽曲であり、この洋楽カバーを和製ポップスへと昇華させる試みこそが成功の火種となった。
レコード会社であるCBS・ソニーのプロデューサー陣は、原曲の疾走感を殺さずに日本語の歌詞をどう乗せるか、連日連夜の議論を重ねたという。日本語独特の音節を刻むラップのような疾走感と、哀愁を帯びたメロディライン。この絶妙な融合が生み出した中毒性は、瞬く間に日本中のラジカセやカーステレオを占拠していった。