鈴木大地という名を世界的英雄へと押し上げた原点は、間違いなく1988年ソウルオリンピック男子100m背泳ぎの激闘にある。当時、ライバルであったソ連のイゴール・ポリヤンスキーら強豪を相手に、彼が解き放った武器が伝説の「バサロ泳法」だった。
スタート直後、水面に浮上することなく水深深くを潜航し、力強いドルフィンキックで距離を稼ぐ潜水泳法。彼はレース前半の30メートル近くを水中推進だけで駆け抜けた。空気抵抗のない水中での爆発的なスピードは、観客だけでなく世界中の競泳関係者の度肝を抜いた。世界記録保持者を土壇場で交わし、タッチの差で掴み取った金メダル。それは日本競泳陣にとって16年ぶりとなる歓喜の瞬間だった。
この劇的な勝利は国際水泳連盟(現ワールドアクアティクス)のルール改正をも引き起こした。潜水距離の制限が設けられたことは、彼の「バサロ泳法」がいかに競技の概念そのものを揺るがしたかを物語っている。一人の選手が世界のルールを変えた――この歴史的事実は、今なお競泳ファンの語り草となっている。