実は日本発祥?意外な名作スポーツの真相と世界へ広がる最新動向

実は日本発祥?意外な名作スポーツの真相と世界へ広がる最新動向

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日本生まれのスポーツと聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは柔道や剣道といった武道かもしれません。しかし、一般に「洋スポーツ」と認識されている球技の中にも、極めてドメスティックな創意工夫から産声を上げたものが少なくありません。日本生まれのスポーツの意外な一面として、代表格と言えるのが軟式テニス(ソフトテニス)です。

1878年(明治11年)、米国から日本へ伝わった硬式テニス(ローンテニス)は、瞬く間に高等教育機関を中心に広まりました。ところが、当時の日本には硬式用のフェルト付きゴムボールを国産化する技術がなく、輸入品はあまりに高価で学生の手には届きませんでした。そこで1884年、東京高等師範学校(現・筑波大学)の教員らが知恵を絞り、玩具用のゴムまりを代用したことがソフトテニス誕生の経緯です。用具の不足を逆手に取った工夫は、軽快な打球感と独自の戦術体系を生み出し、現在ではアジア競技大会の正式種目としてアジア全域に普及する一大競技へ発展を遂げました。

公園や河川敷で親しまれるゲートボールもまた、海外伝来のスポーツと混同されがちです。しかし、ゲートボールが日本生まれの理由を紐解くと、戦後復興期の切実な社会背景に行き当たります。1947年、北海道芽室町の鈴木栄治氏が、敗戦で遊び道具を失った子どもたちのために、英国発祥の「クロッケー」を参考にして考案しました。資材難の時代に木製ハンマーとボールを手作りし、厳格なルールを整備したのが始まりです。後に高度経済成長期を経てシニア層の生きがいづくりにマッチし、「お年寄りのスポーツ」というパブリックイメージを確立することになります。

さらに、いまや世界共通語「Ekiden」として定着した長距離リレーも、日本固有の移動文化から派生した競技です。駅伝発祥の歴史は1917年4月に遡ります。読売新聞社主催の「東海道五十三次駅伝徒歩競走」において、京都の三条大橋から東京の上野不忍池までの約516キロメートルを3日間かけてタスキをつなぎました。江戸時代の宿駅通信制度「駅制」に着想を得たこの試みは、個人プレーになりがちな陸上長距離走を「絆と連帯の団体戦」へと作り変える契機となりました。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。