島倉千代子は1938年(昭和13年)、東京府東京市品川区(現在の品川区北品川)に生まれました。幼少期は戦争の激化に伴い疎開を経験するなど、決して平坦な道のりではありませんでした。さらに彼女の運命を大きく揺るがしたのが、幼い頃に負った左手首の大怪我です。
井戸水汲みの最中に誤って瓶を割り、その破片で左手首の腱を切断。当時は輸血や縫合手術の医療体制が不十分であったため、一時は左腕切断の危機に瀕するほどの重傷でした。母親の懸命な看病によって切断は免れたものの、左手には運動麻痺と大きな傷痕が残ることになります。外見を気にする年頃の少女にとって、この傷は深いコンプレックスとなりました。しかし、この怪我こそが彼女を「歌」へと導く決定打となったのです。母は娘のリハビリと気晴らしのために歌を勧め、彼女自身も左手の痛みを忘れるかのように歌唱に没頭していきました。
声楽の基礎を学び、1954年に日本コロムビアの全国歌謡コンクールで優勝。翌1955年3月、わずか16歳で映画主題歌『この世の花』で鮮烈なデビューを果たします。哀愁を帯びた「ちりめんビブラート」と呼ばれる繊細な歌声と、デビュー当時の圧倒的な美少女ぶりは瞬く間に世間を魅了し、レコード売上は200万枚を突破する大ヒットを記録。続けて発表された『東京だョおっ母さん』(1957年)も空前のミリオンセラーとなり、10代にして名実ともに国民的歌手の座へ駆け上がりました。