世界史を振り返ると、数々の権力者が国を破滅へと導いてきました。独裁者の歴史上の人物一覧を俯瞰すると、古代の暴君から近現代のイデオロギー指導者まで枚挙にいとまがありませんが、20世紀を代表する二大巨頭として必ず名が挙がるのが、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーと、ソビエト連邦のヨシフ・スターリンです。この二人の台頭プロセスを比較すると、独裁権力が確立される典型的な二つのルートが浮き彫りになります。
まず、アドルフ・ヒトラーの独裁は「民主主義の制度疲労」から合法的プロセスを経て誕生しました。当時のドイツ・ワイマール共和国は世界で最も民主的とされる進歩的な憲法を持っていましたが、第一次世界大戦の敗戦処理、莫大な賠償金、そして1929年の世界恐慌による失業率30%超という未曾有の危機に直面していました。ヒトラーは自著『我が闘争』や各地の演説特番で大衆のルサンチマン(怨恨感情)を煽り、「強いドイツの復活」を掲げて選挙で第一党へ躍進。1933年には国会議事堂放火事件を機に緊急大統領令を発令させ、最終的に議会自らに立法権を政府へ白紙委任させる「全権委任法」を可決させました。民主的な手続きによって民主主義そのものを解体したのです。
対照的に、ヨシフ・スターリンの経歴は「組織内部での官僚機構の掌握と恐怖政治」の極致を示しています。ロシア革命後、ウラジーミル・レーニンの下で党の事務総長に過ぎなかった書記長のポストに就いたスターリンは、地道な人事権の行使によって党幹部を自らの息のかかった人物で固めていきました。レーニンの死後、トロツキーら政敵を巧みな合従連衡で失脚させると、1930年代後半には「大粛清」を断行。秘密警察(NKVD)を動員し、共産党幹部や軍の将校、知識人を含む推定数百万人規模を処刑、あるいは強制収容所(グラーグ)へ送致しました。スターリンが用いたのは、法的な正当性ではなく、密告社会を構築することによる「相互不信と絶対的な恐怖」でした。