大久野島が持つもう一つの重要な側面が、昭和初期から第二次世界大戦終結まで旧日本陸軍の毒ガス兵器製造拠点だったという重厚な近代史です。軍事機密を守るため、当時の国土地理院の地図からは島自体の存在が抹消されていたことから、「地図から消された島」と呼ばれていました。
島内中心部に位置する「大久野島毒ガス資料館」では、当時の過酷な製造工程や作業員が着用していた防護服、製造設備に関する貴重な資料、戦争の悲惨さを伝える展示が保存されています。うさぎたちの無邪気な姿とは対照的な、静寂に包まれた展示空間は、平和の尊さを深く再認識させてくれます。
さらに島内には、巨大な廃墟として圧倒的な存在感を放つ「発電場跡」をはじめ、火薬庫跡や中部・北部砲台跡といった戦争遺跡が当時の姿のまま点在しています。自然の中に溶け込む重厚なコンクリート構造物の数々は、近代産業遺産・歴史遺構としても極めて高い学術的価値を持っています。