アレクサンダー・フレミング ペニシリン発見の真相と知られざる生涯

アレクサンダー・フレミング ペニシリン発見の真相と知られざる生涯

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事態が動いたのは1938年。オックスフォード大学のハワード・フローリー教授と、亡命ユダヤ人化学者エルンスト・チェインがペニシリンの精製に着手した。1940年にはマウス実験で治療効果を確認、1941年には人間の患者への投与に成功する。1943年にはアメリカの製薬会社の協力で大量生産が始まり、第二次世界大戦の連合国軍兵士の命を救った。公式発表資料によれば、1944年のノルマンディー上陸作戦では、ペニシリンは「兵站品目の中で最も重要なものの一つ」と位置づけられていた。

1945年、フレミングはフローリー、チェインと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。しかし、受賞を巡っては複雑な事情があった。フレミングは単独受賞を期待していたという証言が複数残っている。実際、彼は受賞決定後に「私はペニシリンを発見したが、実用化したのは彼らだ」と語り、功績の分配に一定の納得を示した。一方で、フローリーとチェインの間でも特許や功績を巡る確執があったとされる。

フレミングのノーベル賞受賞スピーチは、2026年現在でも抗菌薬耐性問題の文脈で引用される。彼は「ペニシリンを安価に入手できるようになれば、素人は用量を誤り、細菌が耐性を獲得するだろう」と警告した。この予見は、現代のAMR問題を正確に言い当てていた。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。