背脂醤油というジャンルを語る上で欠かせないのが、全国各地の気候風土と職工文化が育んだ独自の誕生ドラマです。現在全国で親しまれている背脂醤油は、単一の源流から枝分かれしたものではなく、異なる3つの地域でそれぞれの必然性から産声を上げました。
東京における背脂チャッチャ系 歴史と発祥の経緯を辿ると、発祥は1930年代の屋台に端を発し、1970年代から80年代の高度経済成長期に環状七号線沿いで爆発的なブームを巻き起こした「ホープ軒」に突き当たります。「タクシー運転手が夜間でもしっかりエネルギーを補給でき、最後まで冷めないラーメンを」という実用的ニーズから、煮沸した豚の背脂を平ザルに載せ、丼の上から豪快に振り落とす「チャッチャ」の超絶技巧が定着しました。夜ごと路上に高級外車が列をなした狂騒は、まさに昭和から平成初期の東京ストリートカルチャーの象徴でした。
一方、新潟の金属加工の町で独自進化を遂げたのが、燕三条背脂ラーメン 極太麺の魅力です。昭和初期、洋食器産業に従事する職人たちへの出前需要に応えるため、「福来亭」や「杭州飯店」の創業者たちが知恵を絞りました。工場へ届くまでに麺が伸びないよううどんのような超極太縮れ麺を採用し、厳しい冬の寒風の中でもスープが冷めないよう、液面を分厚い豚背脂の断熱層で覆い尽くしたのです。煮干しの利いた塩辛い醤油スープに浮く背脂、そしてシャキシャキの刻み玉ねぎの組み合わせは、労働者の塩分補給と防寒という必然から生まれた機能美の極みと言えます。
さらに西の都で洗練されたのが、京都背脂醤油ラーメン 特徴と評判を決定づけた「ますたに」を嚆矢とする関西スタイルです。出汁文化の根付く京都において、鶏ガラをベースとしたスッキリとした清湯に、上質の背脂を一網かけ、さらに丼の底には一味唐辛子を沈める「三層仕立て」を確立。上層の背脂によるまろやかなコク、中層の芳醇な醤油、下層のピリッとした辛味が重層的なグラデーションを生み出し、老若男女を唸らせる滋味深い一杯として定着しました。