1950年代前半まで「白バイといえば陸王」と言われるほどのシェアを誇り、名実ともに国産二輪の頂点に君臨していた陸王内燃機。しかし、同社は1959年に操業を停止し、1960年に自己破産を申請してその幕を閉じました。華々しい栄光の裏で、何が倒産の決定打となったのでしょうか。業界資料と当時の経営動向から、3つの構造要因が浮かび上がります。
第一の要因は、「エンジン設計の陳腐化とパワーウエイトレシオの敗北」です。陸王が固執したサイドバルブ(SV)方式は、耐久性には優れるものの高回転化が難しく、燃焼効率の面で限界を迎えていました。そこへ1950年代中盤、本田技研工業(ホンダ)の「ドリーム号」やヤマハ、スズキなどが、近代的で高効率なOHC(オーバーヘッドカムシャフト)エンジンや高出力2ストロークエンジンを搭載した軽量車を次々と投入。排気量が小さくても陸王と同等以上に走り、扱いやすく安価な新世代バイクの前に、重く高価な陸王は競争力を急速に失っていきました。
第二の要因は、「官公庁依存のビジネスモデル崩壊」です。警察庁や自衛隊などの大口納入に過度に依存していた陸王は、一般大衆向けの小型実用車市場へのシフトが大幅に遅れました。1950年代後半に白バイの指定車種がホンダのドリームCB72スーパースポーツ等へ切り替わり始めると、収益の柱は一気に崩壊しました。
第三の要因は、「深刻な労働争議による開発リソースの枯渇」です。1953年以降、経営悪化に伴う人員整理をめぐって激しい労使対立が発生。新車開発や生産設備の更新が完全にストップし、起死回生を狙って投入した中型車「RT2」「グローリー」の初期不良対応や改良が後手に回るという致命的な悪循環に陥りました。時代の急速な技術革新スピードに、組織の硬直化が追いつかなかったことが直接の敗因と言えます。