腕に行う皮下注射(インフルエンザワクチンなど)や静脈注射(採血や点滴)に比べ、臀部への筋肉注射は「重く響くような鈍痛が長く続く」と証言する患者が後を絶ちません。この激しい痛みの背景には、解剖学および薬理学的な4つの明確な要因が存在します。
第1に、針の太さと刺入の深さです。お尻の注射は、皮下脂肪の奥深くにある「中殿筋」や「大殿筋」といった筋肉組織に確実に薬液を届ける必要があります。そのため、皮下注射で用いられる極細針(26G〜27G程度)とは異なり、21G〜23G(外径約0.6〜0.8mm)という太めで長さが38mmほどある長い注射針を、皮膚に対して垂直に近い角度で深く刺入します。神経終末が密集する皮膚や筋膜を太い針が貫く物理的刺激そのものが、強烈な痛みの第一波となります。
第2に、投与される薬液の性質と組織刺激性です。お尻に選択される薬剤の多くは、水溶性の薬剤だけでなく、ホルモン剤に代表される「油性(オイル状)の製剤」や、浸透圧が非常に高い鎮痛消炎剤です。油性製剤は粘度が高いためシリンジを押す抵抗が強く、注入に時間がかかります。さらに、筋肉組織内に異物として注入された際の化学的刺激が強く、数時間から翌日にかけてズキズキとした痛みが残る原因になります。
第3に、薬液の容量による筋膜内圧の上昇です。腕の筋肉(三角筋)に注入できる限界量が一般的に1〜2ml程度であるのに対し、お尻には2ml〜4ml、場合によってはそれ以上の薬液が一気に注入されます。密に詰まった筋線維の隙間に大量の液体が力づくで割り込んでいくため、筋肉内の圧力が急上昇し、筋膜に存在する痛覚受容器が強く引き伸ばされます。
第4に、患者の心理的緊張と羞恥心による筋収縮です。「お尻を出さなければならない」という恥ずかしさと恐怖から、患者は無意識にお尻全体を固く緊張させてしまいがちです。カチカチに硬直した筋肉に太い針を刺し、無理やり薬液を押し込めば、筋線維の微小損傷が広がり、痛みは何倍にも跳ね上がります。