塙宣之さんが上石神井に住み始めたのは、創価大学を卒業し、本格的に芸人の道を歩み始めた2000年代初頭のことでした。当時、西武新宿線沿線は都心(新宿)へのアクセスが良好でありながら、中央線沿線に比べて家賃相場が手頃であったため、多くの若手芸人や表現者の受け皿となっていました。
塙さんが暮らしていたのは、上石神井駅から徒歩数分の場所にあった木造アパート。家賃は当時で月額4万円台〜5万円程度とされ、風呂なし・トイレ共同といった昭和の風情が色濃く残る住環境でした。当時の特番インタビューや自著・手記において塙さんは、「壁が薄すぎて隣の部屋の目まし時計の音で起きていた」「夏場は部屋の中に熱気がこもり、窓を開けると蚊の大群が入ってきた」と、当時の過酷ながらもどこか哀愁漂う暮らしぶりをユーモアを交えて振り返っています。
相方の土屋伸之さんと浅草の東洋館に通い、漫才協会で師匠たちに揉まれながら、終電で西武新宿線に揺られて上石神井駅へと帰る毎日。お金がない時代に駅前の24時間スーパーや個人経営の定食屋で空腹を満たした記憶は、今でも塙さんの人間味あふれるトークのバックボーンとして息づいています。