内務官僚出身の正力が読売新聞の経営に乗り出したとき、彼が持ち込んだのは警察行政仕込みの大衆統制術だった。三面記事の拡充や派手な企画で読者を獲得し、破竹の勢いで部数を伸ばす。そして戦後、彼の野心は活字メディアを飛び越え、新たな光を放ち始めた受像機へと注がれる。
日本テレビ放送網の開局は、日本のメディア勢力図を根本から塗り替えた。街頭テレビに群がる群衆の熱狂を、正力は冷静に見つめていた。大衆が何を欲し、どう見せれば動くのか。彼にとってテレビは単なる娯楽機器ではなく、国民の思考を一方向に束ねる究極の装置だったのだ。このとき確立されたクロスオーナーシップの構造は、現在の読売新聞グループ本社に至るまで、巨大メディア複合体の強固な基盤となっている。